谷間の百合

      読者の声に勇気づけられ

 このコラムのパネル展を開いた。それは自分が表現している世界が、どれだけ読者に受け入れられているか、不安があったからだ。
 実に多くの方たちがやって来てくださった。百人を超える読者と話をし、そしてその背後にはもっと多くの読者がおられることを実感した。それぞれの時と場所で、今を生きる子供たちに対して温かな思いを持ち続ける人が、また真摯(しんし)にものを考える方が、これほどおられることに勇気づけられた。私の拙(つたな)い文章でも、指針にしてくださったり、考えるヒントや自分を問い直す機会にしてくださっていることに驚きすら覚え、身のひき締まる思いがした。
 読者は皆、「自分が出来ること」を静かに告げた。「教育」や「ボランティア」を語る人たちの中に、ややもすると含まれがちな虚栄心やヒロイズムが、少しも見えなかった。話をしていて、心が柔らかくなるのを感じた。
 幼子を連れた若い女性の「子育て」の夢。「コラムを読み、いつも心が温かくなり励まされます。子供だけでなく、私のこともきっと見ていてくれ、応援してくれるだろうな、とわかるのです」。そして「母が仕事を持っていて、私は少しさみしい思いをしました。今、子育てに専念できる自分がうれしい。子供を育てながら、生きてきた子供のころの自分を『生き直し』てみようと思っています。だから子育てがとてもたのしい」と。『生き直してみる』。その言葉に私は打たれた。目頭が熱くなった。そこに人の可能性や希望を感じたのだ。彼女はある読書会に所属している。「今一生懸命本を読んで、いつか子供が大きくなった時、本の世界や感動を共有したい。たのしみです」。少しはにかみながら語る彼女の姿にふと、谷間にひっそりと咲く百合の花を思った。清楚(そ)な香りすら感じたのだ。
 遠方からみえた中年のご夫妻のお話もうれしく、私は大切な贈りものを頂いたような思いがした。それは『自分を見つめる』ということ。ご主人は地域で青少年の非行を防止したり啓発するボランティアを長くしておられる。この「つかまえて!こころ」もその資料として、学校や警察に配布しているのだそうだ。「高校生の喫煙を見かけた時、名前や学校名を私は聞かないんですよ」「実は苦い経験がありましてね。もう二十年も前。少年たちに注意した時、身の危険を感じて警察に通報してしまったんです。後味が悪くて、ずっと後悔しました。説得できなかった自分を反省して」。『誰もが、変わることができる』。その思いをちゃんと自分のものにしていなかったことを、彼は悔いているのだ。「自分がかかわった子供が次にタバコを買う時、ちょっとでもためらってくれたら、とそんな気持ちで指導をしているのです」。『自分を見つめる』ところから生まれる視野の広さを彼に見た。そして私自身の戒めにも、その言葉が聞こえた。私は彼にも、「谷間の百合」を思った。ひっそりと思いをこめて咲く花。誰にも知られず、凛(りん)と咲く花を。そしてそのひとつひとつの花から薫り立つ香が谷を下って、渇いた土地を優しく包み込むことを願った。
 紙面の都合で二人だけの話にとどまったが、いつかまた必ず、書かなくてはと思う。私事になったが、読者へのお礼をこめてこの一文を書かせて頂きました。ありがとう。

2002年6月8日掲載 <28>  

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