背後からの声

      多くは励ましと感謝だが

 連載を始めてまだ7回なのに、さまざまな声が聞こえてきた。多くは励ましと感謝の声だった。どこかの校長先生や同業の教師。父母、同窓会、行きつけのレストランの店主や大手の出版社の編集者。また見知らぬ方々からの温かな声援だった。
 「読者にこびない」「ありきたりの教訓談でない」ところが良いと評され、過大な評価に私は少し気恥ずかしかった。私はどれだけ生徒のことを描けるのか、いつも心にかけてコラムに臨んでいたが、その気持ちが理解されたことがうれしかった。と同時に、あらためて新聞というメディアの持つ威力と、また、今われわれが直面している問題にいかに多くの人々が悩み、心を痛め、共に考えたいと願っているかを知った。
 私は自分がかかわり合った生徒たちの現実を、多くの人に知ってもらいたいと筆を執った。生徒の喜びと悲しみ、そして悩みを語ることで見えてくる今の社会の姿を描きたいと願ったからだ。『子供は社会を写す鏡』と私はつねづね考えている。子供たちの言動を見ていると、家庭や社会の在り方が如実に反映されている。しかし、ただその事実だけを書いたから、読者にすべてが理解されるとは考えていない。理解されるのは、私が子供たちにどんなまなざしを持っているのかが伝わった時なのだ。軽薄に『愛情』と言ってしまえば俗に落ちるし、きれい事と片付けられてしまう恐れのある『愛情』が、どれだけ表現できるかが問題なのだ。それは「良い生徒」も「悪い」と言われる生徒も、隔てなく見る視線にかかっている。
 書いていてうれしいことは、普段あまりかかわりのない生徒たちが、廊下で「先生、読んでます」「先生の書いたのスクラップしてるよ。お母さんと一緒に」と声をかけてくれることだ。生徒たちは皆、だれかに関心を持っていてほしいのだと、あらためて感じる。分かっていても、校務に追われてそれを忘れがちになる自分を反省した。これが生徒たちとのコミュニケーションの原点だったのだ、と。
 他にも、私が支えられたことがあった。コラムに書いた生徒の母親の親身な忠告だった。それは突然かかってきた電話の内容についてだった。押し殺した女性の声で「お宅の話が新聞に書かれていることを知っているか?」と問う電話だったそうだ。どのような意図か知らないが、悪意に満ちた雰囲気だった、と教えてくれた。そして「もし何かあったら、どんなことでも協力しますからね」と彼女は言った。
 書くことが、今更ながら「明暗を分かつ」ということを思い知らされた。きちんと読んでくれれば伝わることも、人の心のありようで、がらっと色合いが違ってくる。
 私はこれからも、私を激励してくれる『背後からの声』に優しく押されるように、書いていこうと思う。そして他の『背後からの声』も私を見ているのだと、自戒しながら。

2001年12月15日掲載 <8>  

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