おかしな、おかしな、お弁当

      「だれかのため」でなく

 私は「だれかのために」という言葉が嫌いだ。それはその言葉の響きに、どこか押し付けがましさと「ちょっとうそっぽいな」というものを感じるからだ。
 少しもうそっぽくない話を聞いた。
 二年八組の勇気君(仮名)のお母さんは、体が弱い。ある日とうとう、寝込むようになった。その時、彼は決心した。自分ができることは自分でしよう、と。夕食と、それから朝早く起きて、弁当を作り出した。悪戦苦闘の「手作り弁当」だった。「手作り」−それは、お母さんがいつも自分にしてくれていたことだった。
 幾日かたって、隣の席のまり子(仮名)が、勇気君のお弁当を見ながら笑った。隠すようにお弁当をほおばっていた勇気君のおかずが、どうも変に見えたのだ。何だか不細工で、てんでばらばら、ひっくり返っていたりする。「どうしたの?」とまり子が聞いた。最初は口ごもっていた勇気君が、照れるように話した。
 ドキリ、とまり子の心臓が鳴った。自分だったら、そんなことできるだろうか。まり子は帰宅すると、真っ先にその話を母親に伝えた。「そう。勇気君が、そんなことしてるの」。母親は夕食の支度をしながら言った。食事が終わるころ、母親が静かに言った。「これからは、私がお弁当作るからね」。それがまり子の母親から、勇気君への伝言だった。勇気君は、素直に申し出を受け入れた。
 人の気持ちは、人の心に響く。「勇気君のために」まり子の母親はお弁当を作ったのではない、と私は思う。そこには何の偽善も、気張りもない。ただ勇気君親子の「小さな思い」に、ふっとつき動かされた、もうひとつの「小さな思い」があっただけだろう。その思いは、控え目に、人の気持ちを自然にくむ感情を大切に生きてきた人たちだけが、持てるものだろう。
 声高に、「だれかのために」を説く人を、私は警戒する。女性のため、国のため、青少年のために、という言葉の背後に、少しも「小さな思い」が見えないからだ。
 私は「小さな思い」だけが、乾いて殺伐とした心や社会を潤すのだ、と信じている。
 昼時。教室をのぞいてみると、お昼の風景がずいぶん変わったな、と感じる。手作りのお弁当を持ってくる子が少なくなり、代わりに、朝登校する時買ってきたらしいコンビニの袋の子が増えている。どこにでも、心を託すことはできるが、お弁当ひとつとっても、親の心づもりというものが見えにくくなっている。

2001年10月20日掲載 <2>  

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